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持戻し免除の意思表示について(甲府法人たより150号より抜粋)
古屋法律会計事務所 弁護士 古屋 俊仁

Q1.
夫が2000万円の預金を残して亡くなりました。相続人は妻である私と子どもが一人だけです。私は夫の生前に不動産(現在の時価2000万円)を贈与されているのですが、このことは預金の取得額に影響するのでしょうか。


A.
 相続人が妻と子一人ということですから、その法定相続分は2分の1ずつとなります。遺産は預金2000万円であり、過去には故人所有の不動産も存在していたとはいえ、これは生前に贈与されたもので、死亡時に故人の財産であったわけではありません。そうすると、あくまでも上記2000万円の預金が遺産分割の対象であって、相談者と子がその1000万円ずつを相続すべきといえそうです。
 しかし、相続人の中に、被相続人から生計の資本として贈与を受けるなど特別の受益のあった者がいる場合、相続人間の公平の観点から、これを遺産の前渡しを受けたものとして取り扱い、計算上遺産に持ち戻して(加算して)相続分を算定するものとされています(民法第903条第1項)。これを特別受益の持戻しといいます。
 具体的には、預金2000万円に生前贈与の不動産の時価2000万円を加えた4000万円が計算上の遺産総額として扱われ、妻子それぞれの相続分は4000万円×1/2=2000万円と算定されます。そうすると、相談者は既に2000万円の不動産を取得していますので、その相続分は2000万円―2000万円=0円となります。したがって、相談者は預金について全く取得することができず、子が2000万円全額を相続するということになります。



Q2.
 この不動産は、私が老後に苦労しないようにと、夫が日頃の介護のお礼の意味も込めて贈与してくれたものです。そのようなことは考慮されないのでしょうか。


A.
 もっとも、相続人間の公平を図るとはいっても、そうすることが通常は被相続人の意思にも合致するという点に持戻し制度の基礎がありますので、個別事情により被相続人が反対の意思を有している場合にまで持戻しを行うことは適当ではありません。そこで、法律上、被相続人の意思表示により、特別受益の持戻しを免除することができるものとされています(民法第903条第3項)。被相続人のこのような意思表示を、持戻し免除の意思表示といいます。
 持戻し免除の意思表示は、特別の方式を必要としませんし、贈与と同時にされる必要もありません。したがって、例えば、妻に不動産を贈与した後にその持戻しを免除する趣旨で被相続人がメモを残したような場合であっても、持戻し免除の意思表示があったものといえます。ただし、真に被相続人が作成したものか争いになる可能性がありますので、これから持戻し免除の意思表示をしようとする場合には、贈与契約書や遺言書にその旨を記載するなど明確な方法によることが望ましいといえます。なお、本件のような生前贈与ではなく、遺言により不動産を譲渡する場合には、持戻し免除の意思表示も遺言によって行わなければならないという考え方もあるところですので、このような場合には遺言書に持戻しを免除する旨を明記するのが適当です。
 上記のような明示の意思表示がない場合であっても、被相続人と相続人との間の個別の事情により、持戻し免除の黙示の意思表示が認定されることもあります。御相談のケースでも、挙げていただいたような事情があることを立証することができれば、黙示の意思表示があったものと認定される可能性があります。



Q3.
 この不動産が私と夫が居住していた建物とその敷地で、既に婚姻期間が20年以上になっていた時期に贈与されたものである場合はどうでしょうか。


A.
 平成30年の相続法改正により、婚姻期間が20年以上の夫婦間で居住用の不動産(居住用不動産又はその敷地)の贈与がされた場合には、持戻し免除の意思表示がされたものと推定する規定が新設され(民法第903条第4項)、令和元年7月1日に施行されています。
 したがって、Q3のようなケースであれば、不動産の生前贈与について持戻し免除の意思表示がされたものと推定されます。
 ここで推定されるというのは、反証がない限り持戻し免除の意思表示があったものとして取り扱われるという意味です。具体的には、Q2の場合には妻の方で明示又は黙示に持戻し免除の意思表示がされたことを立証しなければならなかったのに対し、Q3の場合には子の側でそのような意思表示がなかったことを証明しなければならず、その証明がない限り持戻しが免除されることになります。
 したがって、この場合には、ごく例外的な事情がない限り相談者が預金のうち1000万円を取得できることになります。


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